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大阪高等裁判所 昭和48年(く)37号 決定

主文

原決定を取消す。

申立人の正式裁判請求権回復の請求を許容する。

理由

記録ならびに当裁判所の事実取調の結果によれば、申立人は申立人に対する傷害被告事件について昭和四七年一二月一五日大阪簡易裁判所のなした略式命令を、同月二〇日その謄本送達により告知されたので、同月二七日正式裁判請求の意思で、右略式命令謄本の別紙事実記載部分を取り除いた部分(以下、本文部分とよぶ)を、大阪市内東淀川郵便局区内より普通郵便に付して大阪簡易裁判所訟廷事件係宛発送し、同郵便物は翌四八年一月五日同裁判所に送達せられたこと、右の略式命令謄本の本文部分欄外には、縦三センチメートル、横5.1センチメートルの角形枠内に「注意 正式裁判の請求をされるときはこの謄本を大阪市北区若松町大阪簡易裁判所訟廷事件係に提示されたい。」という支言がゴム印で朱色に押捺されていたこと、申立人は、右のゴム印の文言を見て、正式裁判の請求は略式命令謄本を同簡易裁判所訟廷事件係に提出すれば足りるものと思い込み、前記のとおり右謄本の本文部分だけを同裁判所訟廷事件係宛に郵送し、これで正式裁判請求の手続を了したものと信じていたところ、同年三月五日ころ検察庁から罰金納付の督促を受けて驚き、急遽同日午後二時ころ大阪簡易裁判所に赴き係官に質した結果、略式命令謄本の提出だけでは正式裁判の請求がなされたものとは取り扱われない旨知らされて、やむなく翌六日同裁判所に正式裁判請求権回復の申立をすると同時に改めて正式裁判申立書を提出したこと、右のゴム印は、大阪簡易裁判所において、事件処理の便宜上一〇数年前より、被告人に送達する略式命令謄本に押捺していた(当初は、縦2.75センチメートル、横3.3センチメートルの角形枠内に「注意 正式裁判の請求をされるときはこの謄本を裁判所に提示されたい。」と彫つてあつたが、昭和四七年四月庁舎移転に伴い、前記の大きさ、文言に変つた。)ものであるが、同裁判所において、本件の申立が契機となり検討が加えられて、誤解を避けるために、右のゴム印の文言を「注意 正式裁判の請求をされるときは必ず正式裁判申立書にこの謄本を添えて大阪市北区若松町大阪簡易裁判所訟廷刑事事件係に申立て下さい。」と改め、これを昭和四八年四月二〇日以降使用していることが認められる。

そこで以下検討する。刑事訴訟法四六五条により、略式命令に対する正式裁判の請求は、その告知を受けた日から一四日以内に、略式命令をした裁判所に、書面でこれをしなければならないのであるが、本件の正式裁判請求の期限は、右の期間の末日が一月三日にあたるので、その翌日である昭和四八年一月四日であるところ、申立人発送の書面(略式命令謄本の本文部分)は、同月五日大阪簡易裁判所に送達せられている。よつて、まず右の期間の徒過は、被告人又はその代人の責に帰すべき事由によるものであるか否かの点につき考えるに、年末年始には郵便物の輻輳に加え、郵便集配関係者のストライキ等により集配事務が遅滞することは近年とくに顕著な事実であるが、昭和四七年一二月二七日発送の郵便物が、同じ大阪市内で一週間以上も延着することは通常予想し得ないことであり、予測される遅配日数を加算しても発送から八日目である昭和四八年一月四日までには、おそくとも配達されるものと考えて然るべきであろう。そうとすれば、右の期間の徒過は、被告人又はその代人の責に帰することができない事由によるものというべきである。ところで、申立人が同裁判所に提出した右の書面は、略式命令謄本の本文部分であり、これには前記のごとく正式裁判の請求をされるときには云々の記載があるけれども、右はもともと裁判所が正式裁判を請求しようとする被告人に対し、略式命令謄本の提示を求めた注意書にすぎず、右の書面には、申立人から正式裁判を請求する旨の記載はなされていない。従つて、右のような略式命令謄本の提出があつただけでは、その提出者の真意を正確に知ることは困難であり、これをもつて正式裁判請求の意思表示があつたものと解することはできない。しかしながら本件で使用された前記ゴム印の注意文言には、正式裁判請求の要件である正式裁判申立書の提出と区別して提示という語を用いてはいるが、訴訟手続に精通しない一般通常人がこれを読んだ場合、略式命令謄本を裁判所に出しさえすれば、正式裁判請求の手続を完了するものと誤解する虞が多分に存し、通常の注意をもつてしては、右の誤解を避けることは極めて困難である。しかもそのような誤解を招く原因は、一にかかつて裁判所の発した略式命令謄本の注意文言に由来し、他にその原因を求め得ないものである。申立人が右の謄本を略式命令をした大阪簡易裁判所に差し出せば正式裁判請求の手続が完了するものと誤解したことは、申立人又はその代人の責に帰することのできない事由によるものというべきである。

そして、申立人は、前記のとおり右の謄本を正式裁判請求の期限に十分間にあうと考えられる昭和四七年一二月二七日大阪簡易裁判所訟廷事件係宛に普通郵便に対して発送した後、翌四八年三月五日同裁判所係官より前記説明を受けるまで、右の誤解を解く術はなかつたのであり、右の説明を受けたことにより、その責に帰することのできない事由が止んだものというべく、申立人はこの時から正式裁判請求権回復請求の期間内に、その請求をしたから、右の請求権回復の請求はこれを許容すべきものである。

(戸田勝 萩原寿雄 野間洋之助)

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